ごあいさつ
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このたび夫・吉岡吉典のメモリアルサイトを作りました。
吉岡は松江中学4年の時に終戦となり、学徒動員から解放され二学期から学校は始まりました。
そこへ“赤い教師”として戦前不遇だった藤原治先生が来られ、先生は世の中の動きを正確に知るために
新聞をよく読むことを話され、吉岡はこの時から、新聞を読むことを始めたのです。 |
吉岡の生家(現松江市)は、目の前が日本海で海を見て育ちました。
お父さんの希望は朝鮮学校を出て船員になることだったとか。朝鮮は身近な存在だったのでしょう。 |
厳しい活動の中で1950年代半ばから雑誌に論文を発表していましたが、
1968年8月号「米騒動50年」という特集で「植民地朝鮮における1918年―米騒動と朝鮮」(『歴史評論』)
を書いています。朝鮮での米騒動の実態がわからなかった中で、その研究は大きな意味があったようです。 |
今年の3月1日、韓国ソウルで、日韓合同で「韓国3・1独立運動90周年記念」
シンポジウムが開かれ、吉岡は日本側の報告者とっして参加し、講演を終えたのち倒れ、帰らぬ人となりました。 |
来年は「韓国併合100年」の年です。しっかりと世界を見つめる「目」を確かに
するためにもこのメモリアルサイトを「力」にしてください。 |
2010年3月1日を目標に、よしおかきってん「本の家」をオープンする予定です。
60年余り、様々な問題に取り組んできた吉岡は、その折々の資料としてたくさんの本を使い、その蔵書が数千冊あり、
中には貴重な本がありますよと教えてくださる人もあり、簡単に移したり、処分したりすることは出来ず、整理して
目録を作り、アパートを借りて保存することにしました。 |
本を見たり、小人数で研究会や懇談会などに使っていただければと思います。
活動の様子や、資料などお知らせするので、交流の場として利用して下さい。 |
2009/12/03 吉岡真美
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